
トップページ >
大空町(旧女満別町)の紹介
それぞれの写真の上にマウスを置くと写真の解説が表示されます。音声でWebを読んでいらっしゃる方には、音声で解説が出力されます。
人口わずか六千人の小さな町、晴れ渡る青い空がいつの間に暮れて行く、自宅前に立ち東の方を眺めると こうこうと輝く無数の光に青い翼のジェット機が光を切り抜け背中を見せる、思いきや北の空から鶴のごとく舞い降りる大型ジェット機、一瞬澄み切った空を轟音とともに飛び立ち、そして舞い降りる姿は田舎に浮かぶ宝島のようである。
宝島を背に、我が畑に立ち西の空を眺めると、約四十年間住んでいる町にこんな風景があったのかと思わせる夕陽、思わすシャッターをきってしまう有様だ。
数年前、今は亡き映画界の巨匠 黒沢 監督が惚れ込んだ町の姿だ。いってみればあのとき黒沢監督が、我らに「夢」を与えてくれたに違いないのだと、数年たった今になって気づいているが、それもある時、南の空に轟音とともに一翼の機体が、七色の輝く鮮やかな色彩を背負って飛来してきたのであるが、これもある時上京の折にパンフレットに「黒沢明デザインの・・・」とかかれていたことで気づいたのである。
その機体は、一日何回と飛び立つ姿を見せてくれるのだが、前方の下の方に横文字で黒沢監督のサインがしっかりと刻み込まれていた。
町には、至る所に目を見張る自然や風景が散乱している。ここ数年、私を取り巻く多くの人々が我が家を訪れてくれるが、私も農業を営むかたわら自分の畑で丹誠込めた産物を地方に送り込んできたが、最初は親戚のようなつきあいという名目が、ある時気づくと友人ともいえる、また家族ともいえる人々がここ女満別に思いを寄せ立ち寄る機会が多くなってきた。
ある時、産直でお世話になっている方が、数年来のおつきあいで家族ぐるみのおつきあいをするようになってきたのだが、職業は教育にたづさわっているとでもいっておきますが、この方の紹介でハンディキャップを持つ高校生が数回、我が町に滞在していただいたのだが、うれしかったのは、この話を持ちかけたときに役場や農協またそれに関わる多くの雄志・友人が快く実行委員会を組織し、この受け入れに関わってくれたことである。
私を始めこの町の多くの人は、基幹産業である農業に関係しているのだが、実におおらかで、はなすだけで心温まる気がする人材が多い。この生徒たちもきっと私が思い、感じるところと同じ思いであろうと思う。人は、なぜか話すだけでその人自信や、町、地域が想像されると思うが、そんな田舎者が、こんなすばらしい世界で一番の財産を築き、そして子孫がそれを守り、また伝えているのであろうと私自身納得している。
自然、自然が奏でる大地のハーモニー、そしてすみきった空気の元で育った心温まる人間、こんなすばらしい財産を持つめまんべつは日本一である。
北海道産直物語HomePage|お話広場(掲示板)|お問い合わせ(電子メール)